◇目次◇

40代にして突然、夫(からす)は脳梗塞、
娘(むく)は受験して中学に入学したのに鬱病、
そして不登校、更には世にも不思議な
二重生活をしなければならくなった家族の
2年半の小説より奇怪な実話を
綴っていきます。


《目次》

◇前書き◇

  
◇1◇  むくの幼少期~小学校時代

◇2◇  恐るべし中学受験

◇3◇  むく中一・賃貸生活始まる

◇4◇  恐怖の賃貸生活

◇5◇  からすに異変が

◇6◇  からすはいったい?

◇7◇  からすの病名判る

◇旅がらす秘話◇1◇ホテル生活

◇8◇  からすの入院生活始まる

◇9◇  ベビーフードが食べた~い!

旅がらす秘話◇2◇水が飲めないー!

◇10◇  痩せがらす

◇11◇   からすの回復50パーセント

◇12◇  からすが転院

◇13◇  からすが鼻からチューブ!!

◇14◇  やっとからすがリハビリ病院へ転院

◇15◇   からすの本格的リハビリが始まる

◇16◇  とにかく食べたーい!

◇17◇  バルーンで喉を膨らませて~!

◇18◇   いったいからすはどんな人?

◇19◇ 劇的なからすの回復

◇20◇ 社会復帰に向けて頑張るからす

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2012-02-14

《48》私立中学から転校?

 中学二年の一学期に鬱病と診断されてむくは二学期いっぱいを休学したが、三学期が近づいた頃学校をどうするのか、考えなければいけなくなった。  一つには学校へ復学するのか引き続き休学するのか、もう一つは三...

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2012-01-06

◇47◇芸能人の追いかけ

鬱病になってから、むくは外に出たがらなくなっていた。それなのに何故かコンサート通いに続いて、芸能人の追いかけもやり始めた。 以前から芸能人は好きで、芸能界にも憧れてはいたが、人嫌いで極度の面倒くさがり...

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2011-11-26

◇47◇むく、おたく生活始まる

 夏休み明けに、賃貸マンションへ戻ってからのむくは、突然何かに取り付かれたかのように、劇団や芸能スクールのパンフレットを片っ端から取り寄せた。そして、携帯で自分の写真を沢山撮影し、は次々とオーディショ...

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2011-11-16

◇46◇からすの身体に異変が

 からすは脳梗塞になってから、初めての夏を迎えた。夏になれば多少は身体が楽になると期待をしていたようだ。  冬の間は萎縮した筋肉が寒さで更に硬直し、「電気が走るみたいにビリビリする」とからすがいうくら...

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2011-10-24

◇45◇からす一家の夏休み

 夏休み中の本宅でのむくの生活は、賃貸マンションでの生活とそれほど変わらなかった。  相変わらず午後の二時か三時、遅い日は夕方近くまで寝ていて、朝昼兼用で食事をした後は、深夜までずっと携帯をして過ごす...

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2011-10-13

◇44◇自殺願望

 むくが始めてカウンセリングを受ける日は、かもめも病院へ付いて行った。  カウンセリングルームへ入って顔合わせをした後、 まずカウンセラーから提案があった。 「これからのカウンセリングの進め方ですが、...

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2011-10-01

◇43◇カウンセリング通い

 大学病院で診断を受けてからは、再び近くの診療内 科へ通った。  むくが自分の気持ちや悩みを何度か先生に話すうち に、むくの悩みの多さを理解した先は、む くにカウンセリングの提案をした。 「ここには毎...

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2011-08-18

◇42◇注意欠陥多動性障害

「私はアスペルガー症候群だと自分では思うんですけど?」 なぜアスペルガーの検査でなく別の検査をするのか、納得のいかないむくは先生に尋ねた。 「あなたのお話しを聞いて、あなたは授業中に立ち歩きをしたり、...

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2011-07-20

◇41◇ 再び診療内科へ

宿泊学習の当日は何となく嫌な予感に襲われながらも、いつものように寝起きの悪いむくを起こそうとした。
しかし「お腹が痛いから、宿泊学習は行けない」そう言ってむくは拒んだのである。


「できるだけ行ったほうがいいよ」と何度も言ったが、かもめの言葉には耳を貸さず、結局宿泊学習は欠席してしまったのである。


その頃はむくの精神状態はかなり悪かったのでかもめも、無理しても仕方がないかなとも思った。


だがこの旅行を欠席してしまうと通常授業に戻った時に、ただでさえ友人がいないむくは、宿泊学習等共通の話題が持てなくなり、更に学校へ行きにくくなるのではないかとも考えたがどうしょうもなかった。


そしてその予感は的中してしまったのである。

宿泊学習の後に通常授業に戻ってもむくは学校へは行こうとせず、約1週間学校を欠席してしまった。


その翌週はもしかしたら行くかもしれない?と多少は期待したのだが期待はむなしく、むくはやはり学校へ行こうとはしなかった。

学校へは始めのうち体調不良と伝えていたのだが、いつまでもそのままで通すけにはいかず、かもめは担任の先生には簡単に事情を話し、むくの今後について話し合う為に学校へ出かけた。


そして話し合いの結果、むくを無理に学校へ行かせる訳にもいかないので、暫くの間はまたむくを保健室へ通わせて様子を見る事になった。

それと共にむくの精神状態を良い方に向かわせなければいけないので、また新たに診療内科を探し始めた。

前回同様に子供の診察をしてくれて、その上女医さんでというとなかなか病院を探すのは大変だったが、パソコンで検索して実際に電話を掛けてみたら、これは?と思うような診療内科が見つかった。


そして約1週間後の6月中に診察の予約ができたので、「これでむくも元気になれるかも?」とかもめはほっとした。

予約当日に診療内科へ行ってみると前回の医院と比べて、かなりスペースが狭かったのでびっくりした。

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2010-05-07

◇40◇ 鬱病のまま登校

前回診察に行きながらキャンセルしてしまった診療内科は、先生がちょっと怖そうだったのと、次回からも待たされそうな感じがしたので、むくが「もう行く気がしない」と言い、春休み中に再度診察へ行く事はなかった。


だからむくは精神状態が良くならないまま(逆に悪くなっていたかもしれないが)、中2になって始業式を迎えた。


はたしてむくが新しいクラスに慣れるのか心配だったので、始業式へは一緒に登校してひとまず保険室へ行った。


そして保健室の先生方や学年主任の先生に挨拶をして、始業式の始まるのを待った。


「始業式にはやはり出た方がいいですか?」
むくが訪ねると
「式の時には一番後ろでもいいから並んで参加したほうが、教室にも行きやすいわよ」
そう学年主任の先生は言った。
だからむくはクラスメートが並んだ後、並び恐る恐る始業式の一番後ろに並び、参加した。


式の後は担任の先生に誘導されて何とか新しいクラスへ向かったので、正直いってかもめはほっとした。


それから約1ヶ月はむくに付き添って学校の近くまで登校して見送ってから家に戻る毎日が続いた。


その間は一応登校出来ていたが、恐らく鬱病が悪化していたのだろう、クラスの人を避けてなるべく関わらないようにしていた。


また休み時間でも一人机に向かい、何かに取り付かれでもしたように勉強ばかりしていたようだった。


それでも何とか通学はしていたが、5月に入ったある日、2年生の行事である宿泊学習の事前学習として、グループごとの討議が何回か行われたのだが、その時間にむくとクラスメートの一人との間でちょっとしたトラブルがあった。

グループで学習テーマを決める、討議の時にある一人が「何か意見を出して下さい」とむくを指名した。


しかし「わかりません」と答えたのが非協力的と思われたようで、「あなただけ意見を出していません。なんで出さないのですか?」と追求された。


その時のむくは今から考えれば、もう人と関わるのは難しい精神状態だったので、そう言われた事で学校へ行くのが怖くなってしまったのだ。


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